<大江戸残照トリップ 田中優子さんと歩く>(8)面影橋 お岩さんゆかり 心揺さぶる場所

2024-08-18 HaiPress

お岩の死体を投げ込んだ場所とされる面影橋(当時、姿見橋)から見た夜の神田川

夏といえば怪談。そして日本で一番有名な幽霊といえば、お岩さんである。お岩さんにまつわるスポットは四谷周辺などに点在しているが、豊島、新宿区境の面影橋もそのひとつ。いざ涼を求めて神田川へ。

面影橋へは路面電車の都電荒川線(愛称・東京さくらトラム)で出かけた。大塚駅前でJRから早稲田行きに乗り換え、六つ目の停留場が面影橋。数十メートルで橋に立てる。見下ろせば両岸コンクリートの川だが、水は意外に澄んでいる。川沿いの桜並木が緑陰をつくっていて、ここだけは涼しげだ。

豊島、新宿区境の神田川にかかる面影橋。すぐ横を都電荒川線が走る

面影橋ほど歌謡曲や文学作品に描かれた橋もない。1972年に結成されたフォークグループ「NSP」や、小室等さん率いる音楽ユニット「六文銭」などが歌ったほか、小説家の阿刀田高さんは「面影橋」のタイトルで橋をモチーフにした連作短編集を著した。直木賞作家の葉室麟さんによる「おもかげ橋」もある。名前の魅力だけではなく、この場所には人の心を揺さぶる力があるのかもしれない。

なにしろ江戸の昔から、この橋は姿見橋とも呼ばれ、伝説の宝庫であったらしい。近くに山吹の里の碑があり、これは太田道灌(どうかん)がタカ狩りの途中で急な雨に遭った際、出会った少女との逸話による。道灌が蓑(みの)を借りようと農家に立ち寄ったところ、出てきた少女は一枝の山吹を差し出した。道灌は腹を立てて立ち去ったが、少女が古歌になぞらえ、蓑がないおわびを花に込めていたと知り、和歌の道に励んだという話だ。

ほかにも在原業平に徳川家光、戦国時代の武士・和田靱負(ゆきえ)の娘の於戸(おと)姫など、橋にまつわる物語は時代を超えて枚挙に暇(いとま)がない。

そして「東海道四谷怪談」である。江戸のヒットメーカーであった鶴屋南北。橋の力を借りて、芝居の大入り祈願をしたかもしれない。そんな想像を巡らせてみる。

東海道四谷怪談4代目鶴屋南北作の歌舞伎狂言。三遊亭円朝の落語でも有名になった。復讐(ふくしゅう)、殺人、不貞、幽霊と刺激的なテーマを盛り込んで人気を博した。初演は1825年、中村座。

◆東海道四谷怪談の現場田中優子

お岩が暮らしていた場所にある於岩稲荷田宮神社=新宿区左門町で

歌舞伎の「東海道四谷怪談」で、民谷伊右衛門とお岩はどこに暮らし、伊右衛門はお岩を殺した後どうやって死体を処分したのか?

事は複雑だ。お岩は実在の人物である。しかし、夫の田宮伊右衛門はお岩を殺してはいない。実際に彼らが暮らしていたのは新宿区左門町で、現在於岩(おいわ)稲荷田宮神社がある場所だ。お岩は精神を病んで行方不明になったといわれている。

一方、それを題材にした鶴屋南北の「東海道四谷怪談」は「仮名手本忠臣蔵」の後日談として作られた。義士どころか藩の金を盗んだ悪党の伊右衛門とお岩が暮らしたのは、左門町ではなく、現在の豊島区雑司が谷2丁目と高田2丁目あたりの四ツ家町であった。浪人の伊右衛門は近隣の伊藤家の婿に入って出世したくなり、邪魔になったお岩を死なせ、たまたま居合わせた小仏小平も殺して戸板の表裏に死体を打ち付け、それを姿見橋(現在の面影橋)から投げ捨てるのだ。何とも恐ろしい場面である。

急な勾配が続く宿坂=豊島区高田で

姿見橋は四ツ家町から、今は「宿坂」と言われる狭い急坂をまっすぐ下りたところにある。暗い坂を、死体の打ち付けられた戸板を運ぶ伊右衛門の姿を想像すると、すさまじい。

この戸板は神田川を東に流れ、隅田川を経て小名木川に入り、さらに横十間川と交わったところで南下して砂村に至る。そこには火葬場があり「隠亡(おんぼう)堀」と呼ばれた。そこでいきなり、戸板は水上に現れるのである。見せ場だ。怖い。江戸は闇に満ちている。(江戸学者・法政大前総長)

◆ひとあしのばして俳聖が住み込んだ関口芭蕉庵

神田川沿いに東へ向かうと、目白台の肥後細川庭園に着く。熊本の大名、細川家の屋敷跡で、かつては細川家の住まいであった松聲閣(しょうせいかく)や美術館の永青文庫を見学できる。

隣接する関口芭蕉庵(ばしょうあん)は、俳聖が無名の時代に神田上水の工事監督として3年間ほど住み込んだ場所。「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」の句碑がある。

文・坂本充孝/写真・田中健

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